【現地講座 日帰りバスツアー】
「能のふるさと逍遥」12/1
能にみる和泉式部 女人往生への道①
「書写山円教寺と和泉式部」

【現地講座 日帰りバスツアー】
能の演目の舞台を訪ね、演者による実演もあわせた曲のわかりやすい解説を受ける現地講座です。
奔放な恋に生きた情熱の歌人として知られる和泉式部。恋愛に関する式部のありのままの心情が、取り交わされた多くの歌を交えて表されるのが『和泉式部日記』である。これに対し、能に登場する和泉式部には、激しい恋に身を焼く情熱の歌人の面影は無い。そこには描かれるのは、浮世の様々な雑念から解放され、今や歌舞の菩薩と変じた式部の姿である。
深い仏教思想を背景に、和泉式部を描いた能「誓願寺」「東北」を取り上げ、往生の素懐を遂げたとされる式部の足跡を二回にわたり辿る。
奔放な恋に生きた情熱の歌人として知られる和泉式部。恋愛に関する式部のありのままの心情が、取り交わされた多くの歌を交えて表されるのが『和泉式部日記』である。これに対し、能に登場する和泉式部には、激しい恋に身を焼く情熱の歌人の面影は無い。そこには描かれるのは、浮世の様々な雑念から解放され、今や歌舞の菩薩と変じた式部の姿である。
深い仏教思想を背景に、和泉式部を描いた能「誓願寺」「東北」を取り上げ、往生の素懐を遂げたとされる式部の足跡を二回にわたり辿る。
12/1(日)
第一回 書写山円教寺と和泉式部
お話・演奏 久田舜一郎(大倉流小鼓方)
演奏 久田陽春子(大倉流小鼓方)
「誓願寺縁起」によると、和泉式部は娘を亡くした苦しみから救われる道を求め、播磨の書写山円教寺の性空上人を訪ねたという。その折に式部が詠んだとされるのが「暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき 遥かに照らせ 山の端の月」。救いを求める心が痛切に詠みこまれた歌である。円教寺奥之院の開山堂裏に、この歌にちなむ歌塚がひっそりと建っている。
約一千年前に性空上人によって開かれた円教寺は、西の比叡山ともいわれ、西国第二十七番の霊場として、今も全国から多くの参詣者を集める。和泉式部に女人往生への道筋を最初に示したともいえる縁を、数百年の樹林に囲まれ深厳そのものである西播磨の古寺に訪ねる。
約一千年前に性空上人によって開かれた円教寺は、西の比叡山ともいわれ、西国第二十七番の霊場として、今も全国から多くの参詣者を集める。和泉式部に女人往生への道筋を最初に示したともいえる縁を、数百年の樹林に囲まれ深厳そのものである西播磨の古寺に訪ねる。
行程(予定)
合7:45 JR 三ノ宮駅 東改札口集 *時間厳守でお願いいたします。
8:00 貸し切りバスで出発 *車中で、先生のお話をゆっくりとうかがいます。
9:30 書写山ロープウェイ 書写駅
9:45 ロープウェイ乗車
山頂へ近づくにつれ姫路の街並み、明石海峡大橋、淡路島が目の前に広がる。約4分
9:50 山上駅→書写山円教寺入り口(志納所)へ
書写山円教寺
標高371mの書写山山上に位置する圓教寺は、966年、性空上人によって開かれた天台宗の古寺。西の比叡山と称される、西国三十三霊場の第二十七番札所。性空上人は貴族の出身でありながら権勢や栄華を誇らない人物で、書写山にとどまり仏道に励み法華経6万回の読誦を達成して六根清浄の悟りを得た。「書写の聖」として、その名は都まで届き、花山法皇をはじめ多くの都人が深く信仰し、訪れることとなる。
10:05 志納所からシャトルバス乗車 志納所→摩尼殿下 約5分
*摩尼殿から奥之院まで、大樹玄承御住職様直々にご案内くださいます。
10:15 摩尼殿(重文)
魔尼殿は天禄元年(970)創建。本尊は六臂如意輪観世音菩薩で、この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれた。そのため周りを建物で囲ったことによる、岩山の中腹にある舞台造りの建物(懸造り)となった。
10:45【三之堂(みつのどう)】
大講堂、食堂(じきどう)、常行堂(じょうぎょうどう) 食堂がコの字型に立ち並んで「三之堂」(みつのどう)を形成している。アハリウッド映画「ラスト・サムライ」の舞台ともなった。
大講堂(重文)
圓教寺の本堂に当たる堂で、お経の講義や論議が行われる学問と修行の場。室町中期の建物。内部は、内・外陣に区切られており、内陣には釈迦三尊像(中央が釈迦如来、右が文殊、左が普賢菩薩)、四天王立像(重文)が安置されている。
常行堂(重文)
常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の名を唱えながら本尊を回る修行)をするための道場。建物の構成は、方五間の大規模な東向きの常行堂。北接する長さ十間の細長い建物が楽屋、その中央に張り出した舞台とからなり立っている。内部は、中央に二間四方の瑠璃壇を設け本尊丈六阿弥陀如来坐像が安置されている。舞台は、大講堂の釈迦三尊に舞楽を奉納するためのもの。
11:00 常行堂舞台にて、特別に先生方の奉納演奏をお聴きします。(~11:20)
11:30【奥之院】
開山堂(重文)
圓教寺開山の性空上人をまつる堂。
伝和泉式部歌塚塔
県下最古の石造品であり、和泉式部の和歌「暗きより 暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ 山の端(は)の月」にちなむ和泉式部歌塚と伝えられる。性空上人は「日は入りて月まだ出ぬたそがれに掲げて照らす法(のり)の燈(ともしび)」の返歌をしたといい、また、和泉式部が性空上人からこの歌の返しに贈られた袈裟を身に付けて往生を遂げたという逸話を載せている。
12:05 摩尼殿下よりシャトルバス乗車 12:10志納所着
12:15 山上駅からロープウェイ乗車
12:25 バス乗車
13:00 浄土宗遍照寺 小式部内侍供養塔
推古天皇5(597)年に聖徳太子が草創し、天平12(740)年に大僧正行基が開山した長坂寺の塔頭寺院のひとつ。娘、小式部内侍の死を悼んで、書写山円教寺に性空上人を訪ねた和泉式部は、その帰途、長坂寺にこもって法華経を読む。すると香の煙の中に、小式部内侍が現れたという。そこで式部は、一条天皇から小式部内侍ゆかりの松を譲り受けて長坂寺の近くに植え、寺の寂心上人が小式部の供養塔を建てたとされている。この遍照寺から南へ400mほどの住宅地の中に、和泉式部が小式部を弔うために建てたという五輪塔が残されている。
13:30 四季和食 あかしや
もともと地元明石で鮮魚店、お寿司屋、仕出し店、日本料理店と、53年間営業してきた店が今年リニューアルオープン。毎朝、料理長が市場に足を運び、目利きをした食材を提供。
15:00 「あかしや」にて解散 最寄りのJR大久保駅まで直線徒歩4分。
8:00 貸し切りバスで出発 *車中で、先生のお話をゆっくりとうかがいます。
9:30 書写山ロープウェイ 書写駅
9:45 ロープウェイ乗車
山頂へ近づくにつれ姫路の街並み、明石海峡大橋、淡路島が目の前に広がる。約4分
9:50 山上駅→書写山円教寺入り口(志納所)へ
書写山円教寺
標高371mの書写山山上に位置する圓教寺は、966年、性空上人によって開かれた天台宗の古寺。西の比叡山と称される、西国三十三霊場の第二十七番札所。性空上人は貴族の出身でありながら権勢や栄華を誇らない人物で、書写山にとどまり仏道に励み法華経6万回の読誦を達成して六根清浄の悟りを得た。「書写の聖」として、その名は都まで届き、花山法皇をはじめ多くの都人が深く信仰し、訪れることとなる。
10:05 志納所からシャトルバス乗車 志納所→摩尼殿下 約5分
*摩尼殿から奥之院まで、大樹玄承御住職様直々にご案内くださいます。
10:15 摩尼殿(重文)
魔尼殿は天禄元年(970)創建。本尊は六臂如意輪観世音菩薩で、この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれた。そのため周りを建物で囲ったことによる、岩山の中腹にある舞台造りの建物(懸造り)となった。
10:45【三之堂(みつのどう)】
大講堂、食堂(じきどう)、常行堂(じょうぎょうどう) 食堂がコの字型に立ち並んで「三之堂」(みつのどう)を形成している。アハリウッド映画「ラスト・サムライ」の舞台ともなった。
大講堂(重文)
圓教寺の本堂に当たる堂で、お経の講義や論議が行われる学問と修行の場。室町中期の建物。内部は、内・外陣に区切られており、内陣には釈迦三尊像(中央が釈迦如来、右が文殊、左が普賢菩薩)、四天王立像(重文)が安置されている。
常行堂(重文)
常行三昧(ひたすら阿弥陀仏の名を唱えながら本尊を回る修行)をするための道場。建物の構成は、方五間の大規模な東向きの常行堂。北接する長さ十間の細長い建物が楽屋、その中央に張り出した舞台とからなり立っている。内部は、中央に二間四方の瑠璃壇を設け本尊丈六阿弥陀如来坐像が安置されている。舞台は、大講堂の釈迦三尊に舞楽を奉納するためのもの。
11:00 常行堂舞台にて、特別に先生方の奉納演奏をお聴きします。(~11:20)
11:30【奥之院】
開山堂(重文)
圓教寺開山の性空上人をまつる堂。
伝和泉式部歌塚塔
県下最古の石造品であり、和泉式部の和歌「暗きより 暗き道にぞ入りぬべき遥かに照らせ 山の端(は)の月」にちなむ和泉式部歌塚と伝えられる。性空上人は「日は入りて月まだ出ぬたそがれに掲げて照らす法(のり)の燈(ともしび)」の返歌をしたといい、また、和泉式部が性空上人からこの歌の返しに贈られた袈裟を身に付けて往生を遂げたという逸話を載せている。
12:05 摩尼殿下よりシャトルバス乗車 12:10志納所着
12:15 山上駅からロープウェイ乗車
12:25 バス乗車
13:00 浄土宗遍照寺 小式部内侍供養塔
推古天皇5(597)年に聖徳太子が草創し、天平12(740)年に大僧正行基が開山した長坂寺の塔頭寺院のひとつ。娘、小式部内侍の死を悼んで、書写山円教寺に性空上人を訪ねた和泉式部は、その帰途、長坂寺にこもって法華経を読む。すると香の煙の中に、小式部内侍が現れたという。そこで式部は、一条天皇から小式部内侍ゆかりの松を譲り受けて長坂寺の近くに植え、寺の寂心上人が小式部の供養塔を建てたとされている。この遍照寺から南へ400mほどの住宅地の中に、和泉式部が小式部を弔うために建てたという五輪塔が残されている。
13:30 四季和食 あかしや
もともと地元明石で鮮魚店、お寿司屋、仕出し店、日本料理店と、53年間営業してきた店が今年リニューアルオープン。毎朝、料理長が市場に足を運び、目利きをした食材を提供。
15:00 「あかしや」にて解散 最寄りのJR大久保駅まで直線徒歩4分。

講師
|
久田 舜一郎 (大倉流小鼓)
久田陽春子 (大倉流小鼓方) |
参加費
|
一般 15,900円 アカデミー会員 15,500円
*受講料・往復バス代・昼食代を含む *正式参拝や、拝殿や本殿における奉納演奏を特別にご許可いただい場合、社寺にお納めする初穂料・志納料など(約1200円)を旅行代金とは別に当日徴収させていただきます。あらかじめご了承ください。 |
最小催行人数
|
14名
*満席や催行中止の場合もございますのであらかじめご了承ください。 |
行程(予定)
|
JR「三ノ宮駅」東改札口集合(7:50)―書写山ロープウェー駅-円教寺
―遍照寺(明石市)-あかしや(食事)解散(15:00頃) |
企画
|
白鷹禄水苑
*白鷹禄水苑よりスタッフが引率同行させていただきます。 |
旅行企画・実施
|
株式会社アローズ(京都府知事登録旅行業第2-560号JATA正会員)
|
10/7(土)
|
「烏帽子折」の舞台、湖東・鏡の里に義経伝説を訪ねる
|

自然居士の銀杏

現・滋賀県蒲生郡竜王町、鏡山の北の湖東位置する「鏡の宿」は、古代から中世まで、京都と関東、東北を結ぶ東山道の宿場町として発展し、義経元服の地としても知られている。元服すると烏帽子を作らせ、鏡神社で源氏の武運長久を祈願した英雄義経の活躍は、ここに端を発したといいえる。奇しくも平宗盛親子が最期を迎え、義経自らの手で平家にピリオドを打った地でもある鏡の里で義経英雄伝説を偲ぶ。
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
【行程】
8:50 JR 京都駅 西口改札 集合
*集合時に、鏡神社での正式参拝の初穂料おひとり様1200円を徴収させていただきます。釣銭の無いよう、ご用意ください。
9:10 貸し切りバスで出発 車中にて久田先生のご講義をうかがいます
10:20 平家終焉の地(平宗盛胴塚)
1185年3月24日壇ノ浦合戦で敗れた平家一門のうち、建礼門院、平宗盛父子、清盛の妻の兄平時忠らは捕らえられた。宗盛父子は源義経に連れられ鎌倉に向かったが、兄の頼朝は勝手に官位をもらった者は、鎌倉に入ってはならないと命令を出し、義経は仕方なく腰越から京に引き返す。その途中、京まであと一日の、ここ篠原の地で義経は都に首を持ち帰るため、平家最後の総大将宗盛とその子清宗を処刑した。義経のせめてもの配慮で父子の胴は一つの穴に埋められ塚が建てられた。塚の前には池がありこの池で父子の首を洗ったといわれ「首洗い池」、またあまりにも哀れで蛙が鳴かなくなった事から「蛙なかずの池」とも呼ばれている。義経は、元服後も何度か「鏡の宿」に立ち寄っているが、その日は義経自ら元服した「鏡の宿」を血で穢(けが)すのを避けてわざと通り過ぎたと伝えられている。ちなみに、宗盛は、「熊野」のワキとして登場している。
*ここからは中山道沿いを行く
源義経元服池 *バスは道の駅竜王かがみの里駐車場へ
鏡神社より西側へ130mのところに池があり、そばに石碑が建っている。これが義経の「元服池」とよばれている池で、義経はこの池の水を元服の時に使ったといわれている。
10:45 鏡神社
南北朝時代の建築で「日本書紀」にも記されている朝鮮半島の新羅から陶製技術を伝えた天日槍(あめのひぼこ)を祀る神社。本殿は三間社流造りの、こけら葺で国の重要文化財に指定されている。
牛若丸は16歳で自らが鳥帽子親となって名を源九郎義経と名乗り、源氏の祖である新羅大明神と同じ天日槍を祀る鏡神社へ参拝し、源氏の再興と武運長久を祈願した。鏡神社の参道には義経が参拝したときに松の枝に鳥帽子をかけたとされる鳥帽子掛けの松がある。明治6年台風で倒れたため株上2.7mを残し石垣上に仮屋根をして保存されている。境内には元服後の義経を祀る境内社「八幡神社」があり、他の境内社と異なり京都の鞍馬の方角に向けられているのだという。
義経が元服したのが3月3日と伝えられていることから、毎年3月3日前後の日曜日に鏡神社で16歳以上の男女を対象に、「元服まつり」が開催される。
*宮司様に特別に神社のご由緒などをおうかがいします。
*正式参拝の後、久田先生の奉納演奏をお聴きします。
11:45 徒歩で周辺史跡へ (徒歩3分)
鏡の宿
鏡は平安末期より、鎌倉、室町時代までは宿場としての賑わいをみせていた。しかし江戸時代に入ると、「守山宿」と「武佐宿」の間の宿(あいのしゅく)となってしまい、宿場の指定から外されてしまう。しかしながら本陣、脇本陣も置かれ、特に紀州侯の定宿で、皇族、将軍家の御名代をはじめ多くの武士や旅人の休憩の宿場町としての役目を果たしてきた。
義経宿泊の館・白木屋跡 烏帽子屋五郎太夫の屋敷跡
鏡の宿本陣跡の東隣りが「源義経宿泊館跡」で現在は畑地となっており、中央に石碑が建てられている。
承安4年(1174)3月3日、源氏の御曹司牛若丸は京の鞍馬でひそかに源氏の再興を志していた。鞍馬をこっそり抜け出した牛若丸は兄頼朝を尋ねんと、奥州の金売り吉次と下総の深栖の三郎光重が子、陵助頼重(みささぎのすけよりしげ)を同伴して東下りの途中近江の「鏡の宿」に入り、時の長者「沢弥傳(さわやでん)」の屋敷に泊まります。その夜、稚児姿で見つかりやすいのを避けるために元服することを決意する。そこで地元「鏡」の烏帽子屋五郎大夫に源氏の左折れの烏帽子を作らせ、鏡池の石清水を用いて前髪を落とし元結の侍姿を池の水に映し元服、源九郎義経と名乗ったと伝えられる。
12:20 鏡の里を出発 老蘇の森へ
12:40 老蘇の森と奥石(おいそ)神社 近江八幡市安土町東老蘇1615
老蘇の森は、万葉の昔から歌に詠まれてきた「歌枕」としても名高い森で、近江八幡市の奥石神社の社叢林のこと。旧中山道沿いに大鳥居があり、参道は杉の大木を中心とした厳かな雰囲気の鎮守の森に入り、さらに進むと豪壮で優美な拝殿と本殿が現れる。本殿は天正9年織田信長が家臣柴田家久(勝家の一族)に命じて造営せしめたもので 国指定重要文化財である。三間社流造で、桧皮葺の豪華の中に優美な落ち着きを持った建造物である。
今から約2300年前 孝霊天皇の御世に石辺大連(いしべのおおむらじ)という人が神の助けを得て松、杉、檜などの苗木を植え祈願したところ、たちまち生い茂り大森林になったと伝えられている。後にこの石辺大連は100数拾才迄生きながられたので人呼んで「老蘇」(老が蘇る)といい、この森を「老蘇の森」と呼ぶようになった。
平安時代には既に広く人々に知られており歌所として和歌や紀行文あるいは謡曲にも詠まれ多くの旅人が足を留めた。 またホトトギスの名所としても知られ、老蘇の森と郭公や思い出を掛けて詠んだ歌も多い。
『盛久』には、「衰えへは老蘇の森を過ぐるや美濃尾張」とある。
13:15食事処へ出発
13:30 近江牛・近江肉 こま吉 近江八幡市鷹飼町南3-2-3
きめ細かく柔らかな肉質の近江牛と近江三元豚の塊肉を贅沢に食べ比べできる特別焼肉ランチをご用意しました。15:00 出発
16:30 京都着
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
【行程】
8:50 JR 京都駅 西口改札 集合
*集合時に、鏡神社での正式参拝の初穂料おひとり様1200円を徴収させていただきます。釣銭の無いよう、ご用意ください。
9:10 貸し切りバスで出発 車中にて久田先生のご講義をうかがいます
10:20 平家終焉の地(平宗盛胴塚)
1185年3月24日壇ノ浦合戦で敗れた平家一門のうち、建礼門院、平宗盛父子、清盛の妻の兄平時忠らは捕らえられた。宗盛父子は源義経に連れられ鎌倉に向かったが、兄の頼朝は勝手に官位をもらった者は、鎌倉に入ってはならないと命令を出し、義経は仕方なく腰越から京に引き返す。その途中、京まであと一日の、ここ篠原の地で義経は都に首を持ち帰るため、平家最後の総大将宗盛とその子清宗を処刑した。義経のせめてもの配慮で父子の胴は一つの穴に埋められ塚が建てられた。塚の前には池がありこの池で父子の首を洗ったといわれ「首洗い池」、またあまりにも哀れで蛙が鳴かなくなった事から「蛙なかずの池」とも呼ばれている。義経は、元服後も何度か「鏡の宿」に立ち寄っているが、その日は義経自ら元服した「鏡の宿」を血で穢(けが)すのを避けてわざと通り過ぎたと伝えられている。ちなみに、宗盛は、「熊野」のワキとして登場している。
*ここからは中山道沿いを行く
源義経元服池 *バスは道の駅竜王かがみの里駐車場へ
鏡神社より西側へ130mのところに池があり、そばに石碑が建っている。これが義経の「元服池」とよばれている池で、義経はこの池の水を元服の時に使ったといわれている。
10:45 鏡神社
南北朝時代の建築で「日本書紀」にも記されている朝鮮半島の新羅から陶製技術を伝えた天日槍(あめのひぼこ)を祀る神社。本殿は三間社流造りの、こけら葺で国の重要文化財に指定されている。
牛若丸は16歳で自らが鳥帽子親となって名を源九郎義経と名乗り、源氏の祖である新羅大明神と同じ天日槍を祀る鏡神社へ参拝し、源氏の再興と武運長久を祈願した。鏡神社の参道には義経が参拝したときに松の枝に鳥帽子をかけたとされる鳥帽子掛けの松がある。明治6年台風で倒れたため株上2.7mを残し石垣上に仮屋根をして保存されている。境内には元服後の義経を祀る境内社「八幡神社」があり、他の境内社と異なり京都の鞍馬の方角に向けられているのだという。
義経が元服したのが3月3日と伝えられていることから、毎年3月3日前後の日曜日に鏡神社で16歳以上の男女を対象に、「元服まつり」が開催される。
*宮司様に特別に神社のご由緒などをおうかがいします。
*正式参拝の後、久田先生の奉納演奏をお聴きします。
11:45 徒歩で周辺史跡へ (徒歩3分)
鏡の宿
鏡は平安末期より、鎌倉、室町時代までは宿場としての賑わいをみせていた。しかし江戸時代に入ると、「守山宿」と「武佐宿」の間の宿(あいのしゅく)となってしまい、宿場の指定から外されてしまう。しかしながら本陣、脇本陣も置かれ、特に紀州侯の定宿で、皇族、将軍家の御名代をはじめ多くの武士や旅人の休憩の宿場町としての役目を果たしてきた。
義経宿泊の館・白木屋跡 烏帽子屋五郎太夫の屋敷跡
鏡の宿本陣跡の東隣りが「源義経宿泊館跡」で現在は畑地となっており、中央に石碑が建てられている。
承安4年(1174)3月3日、源氏の御曹司牛若丸は京の鞍馬でひそかに源氏の再興を志していた。鞍馬をこっそり抜け出した牛若丸は兄頼朝を尋ねんと、奥州の金売り吉次と下総の深栖の三郎光重が子、陵助頼重(みささぎのすけよりしげ)を同伴して東下りの途中近江の「鏡の宿」に入り、時の長者「沢弥傳(さわやでん)」の屋敷に泊まります。その夜、稚児姿で見つかりやすいのを避けるために元服することを決意する。そこで地元「鏡」の烏帽子屋五郎大夫に源氏の左折れの烏帽子を作らせ、鏡池の石清水を用いて前髪を落とし元結の侍姿を池の水に映し元服、源九郎義経と名乗ったと伝えられる。
12:20 鏡の里を出発 老蘇の森へ
12:40 老蘇の森と奥石(おいそ)神社 近江八幡市安土町東老蘇1615
老蘇の森は、万葉の昔から歌に詠まれてきた「歌枕」としても名高い森で、近江八幡市の奥石神社の社叢林のこと。旧中山道沿いに大鳥居があり、参道は杉の大木を中心とした厳かな雰囲気の鎮守の森に入り、さらに進むと豪壮で優美な拝殿と本殿が現れる。本殿は天正9年織田信長が家臣柴田家久(勝家の一族)に命じて造営せしめたもので 国指定重要文化財である。三間社流造で、桧皮葺の豪華の中に優美な落ち着きを持った建造物である。
今から約2300年前 孝霊天皇の御世に石辺大連(いしべのおおむらじ)という人が神の助けを得て松、杉、檜などの苗木を植え祈願したところ、たちまち生い茂り大森林になったと伝えられている。後にこの石辺大連は100数拾才迄生きながられたので人呼んで「老蘇」(老が蘇る)といい、この森を「老蘇の森」と呼ぶようになった。
平安時代には既に広く人々に知られており歌所として和歌や紀行文あるいは謡曲にも詠まれ多くの旅人が足を留めた。 またホトトギスの名所としても知られ、老蘇の森と郭公や思い出を掛けて詠んだ歌も多い。
『盛久』には、「衰えへは老蘇の森を過ぐるや美濃尾張」とある。
13:15食事処へ出発
13:30 近江牛・近江肉 こま吉 近江八幡市鷹飼町南3-2-3
きめ細かく柔らかな肉質の近江牛と近江三元豚の塊肉を贅沢に食べ比べできる特別焼肉ランチをご用意しました。15:00 出発
16:30 京都着
行程
8:50
|
JR 大阪駅 桜橋口改札口 集合
※集合時に食事代、バス代、拝観志納料あわせてお一人10,500円を徴収させていただきます。 |
9:00
|
貸し切りバスで大阪駅を出発
※車中で、先生のお話をゆっくりとうかがいます。 |
10:45
|
得正寺
「中将姫の寺」として有名で、本堂、開山堂、庫裡、鐘堂、宝物庫などがある。奈良時代の天平宝字3(759)年に、中将姫が3年間隠れ住んだ所に、姫に仕えた伊藤春時が草庵を結び安養庵と称したのが最初といわれる。春時は西の真砂寺で剃髪して得生、妻は妙生と名乗った。 天平19年(747年)に時の右大臣藤原豊成の娘として生まれた中将姫は、13才のとき継母のため奈良の都から糸我の雲雀山に捨てられ、春時に匿われてこの地にすんだ3年の間に称賛浄土経一千巻を書写したと伝えられている。平安時代の承平のころ(931~937年)空也上人がこの地に行脚し、庵の所に一寺を建てて春時の法名に因んで得生寺と名付けた。享徳(1452年~4年)の頃浄土宗の寺となり、その後、文亀(1501年~3年)の頃山から里へと場所を移し、江戸時代、寛永5年(1628年)に今の場所に落ち着く。姫が隠れた雲雀山は寺の前方に聳える山で、その山頂が得正寺の奥之院で、中将姫本廟がある。 本堂に安置される本尊の阿弥陀如来立像のほか、寺には中将姫の作という蓮糸縫三尊、中将姫の筆という紺地金泥三部経及び称賛浄土経、国の重要美術品に認定された絹本着色の当麻曼陀羅図などがある。開山堂には永禄元年(1558年)に大和の当麻寺から贈られたとされる中将姫及び春時夫妻の座像が安置されている。 境内に桜・ツツジが多くて折々の景色も美しく、毎年5月14日の中将姫の命日に行われる来迎会式の二十五菩薩練り供養は、和歌山県の無形文化財に指定されている。 ※本堂にて参拝後、中将姫と寺の縁起にまつわるビデオを視聴させていただきます。 |
11:15
|
中将姫の座像が安置されている開山堂にて、奉納演奏をお聴きします。
|
11:45
|
出発
|
12:00
|
有田みかん海道展望台
有田地域には山が多く、みかん園の70%以上が傾斜地となっているため、見事な石垣階段型の畑を見ることができる。そんな景色を堪能できる、約5.6kmの「有田みかん海道」の見どころは、みかん畑だけではなく、紀伊水道や湯浅湾が一望できる絶景スポットもある。道沿いに巨大風車もあり、間近で見ることができる。 |
②11/25(土)
|
美濃国・野上の宿に「班女」の主人公、花子を訪ねる
|

美濃国・野上を舞台に、愛を誓った男のことを思い続ける遊女花子の姿と、形見の扇がもたらす再会を描いたのが、世阿弥作「班女」である。旧中山道の宿場として栄えた野上は、古くから遊女の里としても知られ、艶情を詠んだ歌が多く残されている歌枕の地でもある。
旧街道沿に残るかつての宿場町の跡を訪ね、そこに生きたであろう遊女の一人、花子の面影を偲びつつゆかりの地を巡る。
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
旧街道沿に残るかつての宿場町の跡を訪ね、そこに生きたであろう遊女の一人、花子の面影を偲びつつゆかりの地を巡る。
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
美濃国・野上を舞台に、愛を誓った男のことを思い続ける遊女花子の姿と、形見の扇がもたらす再会を描いたのが、世阿弥作「班女」である。旧中山道の宿場として栄えた野上は、古くから遊女の里としても知られ、艶情を詠んだ歌が多く残されている歌枕の地でもある。
旧街道沿に残るかつての宿場町の跡を訪ね、そこに生きたであろう遊女の一人、花子の面影を偲びつつゆかりの地を巡る。
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
旧街道沿に残るかつての宿場町の跡を訪ね、そこに生きたであろう遊女の一人、花子の面影を偲びつつゆかりの地を巡る。
*JR京都駅発の貸し切りバスを利用
③3/9(土)
|
「松山天狗」の舞台、讃岐国に崇徳院ゆかりの地を訪ねる
|

西行法師が、保元の乱で敗れて配流地、讃岐国松山で崩御した崇徳上皇を弔うため、その御陵を訪ねるところから始まるのが能「松山天狗」である。金剛流のみの現行曲だが、平成6年、観世流でも復曲上演され、以後回を重ねている。四国第八十一番霊場、崇徳院菩提寺でもある白峯寺にその御陵を訪ね、歌を愛した院を偲ぶと共に、瀬戸内海の雄大な景色を望みながら瀬戸内の春を愉しむ。
*JR三ノ宮駅発の貸し切りバスを利用
*JR三ノ宮駅発の貸し切りバスを利用
講師紹介

久田舜一郎(大倉流小鼓)
1961年大倉流宗家・故大倉長十郎師に入門。京阪神を中心に能楽五流の舞台に出演、海外公演参加多数。異ジャンルの音楽とのセッションなど、能の現代性を追及する試みも積極的に行う。長女陽春子も女性では珍しい大倉流小鼓方の若手ホープとして活躍中。1998年日本文化芸術奨励賞受賞。2011年兵庫県文化功労表彰、神戸文化活動功労賞、2017年兵庫県文化賞受賞。重要無形文化財総合指定保持者。西宮在住。
1961年大倉流宗家・故大倉長十郎師に入門。京阪神を中心に能楽五流の舞台に出演、海外公演参加多数。異ジャンルの音楽とのセッションなど、能の現代性を追及する試みも積極的に行う。長女陽春子も女性では珍しい大倉流小鼓方の若手ホープとして活躍中。1998年日本文化芸術奨励賞受賞。2011年兵庫県文化功労表彰、神戸文化活動功労賞、2017年兵庫県文化賞受賞。重要無形文化財総合指定保持者。西宮在住。
参加お申し込み
■お申込み先: 株式会社アローズ(京都府知事登録旅行業第2-560号JATA正会員)
京都市中京区蛸薬師通高倉西入ル泉正寺町334 日昇ビル3階
075-256-8411(10:00~17:30 土日祝休)
*旅行条件はアローズ旅行約款によります。出発日前日から起算して10日以降のキャンセルは取消料が発生いたします。
*予約後、旅行契約締結前に「アローズ」より詳しい旅行日程、旅行条件を記載した書面を申し込み者にお送りします。
*お申込みいただいたお客様のご連絡先等の個人情報は、講座企画・添乗引率を行う白鷹禄水苑と実施者である(株)アローズが共有させていただきます。(白鷹禄水苑ではお客様の情報を、当日の受付時及び今後の企画のご案内のみに使用させていただきます)
■その他のお申込み方法:下記の申し込みフォームからもお申込みいただけます。
*白鷹禄水苑では、お電話・FAX・メールでのお申込みは承っておりません。
*お客様からいただいたお申込み情報はそのまま「アローズ」へ転送させていただきます。その他詳細は上記と同様となりますのであらかじめご了承ください。
京都市中京区蛸薬師通高倉西入ル泉正寺町334 日昇ビル3階
075-256-8411(10:00~17:30 土日祝休)
*旅行条件はアローズ旅行約款によります。出発日前日から起算して10日以降のキャンセルは取消料が発生いたします。
*予約後、旅行契約締結前に「アローズ」より詳しい旅行日程、旅行条件を記載した書面を申し込み者にお送りします。
*お申込みいただいたお客様のご連絡先等の個人情報は、講座企画・添乗引率を行う白鷹禄水苑と実施者である(株)アローズが共有させていただきます。(白鷹禄水苑ではお客様の情報を、当日の受付時及び今後の企画のご案内のみに使用させていただきます)
■その他のお申込み方法:下記の申し込みフォームからもお申込みいただけます。
*白鷹禄水苑では、お電話・FAX・メールでのお申込みは承っておりません。
*お客様からいただいたお申込み情報はそのまま「アローズ」へ転送させていただきます。その他詳細は上記と同様となりますのであらかじめご了承ください。
講座内容・行程詳細に関するお問合せ:白鷹禄水苑
<お振込み先>
銀行名:三菱UFJ銀行
支店名:西宮支店
口座番号:普通5065562
口座名義:ハクタカロクスイエン
(恐れ入りますが、振り込み手数料はご負担願います)
支店名:西宮支店
口座番号:普通5065562
口座名義:ハクタカロクスイエン
(恐れ入りますが、振り込み手数料はご負担願います)
(1) ご入金をもって正式な受付とさせていただきます。上記期日内のご入金が確認できず、お申込者とご連絡がつかなかった場合、ご予約いただいていてもキャンセル扱いとさせていただきますので、ご了承ください。バス等の予約手配の都合上、ご理解賜りますようお願いいたします。
(2) ご入金後のご返金はいたしかねますのであらかじめご了承ください。
(3) ご欠席の場合、代理の方のご参加や、欠席されたご本人に限り、同年度内の他講座(同講座については下記参照)への振り替えが可能です。
(4) 開催日から数えて30日を切ってのキャンセルについては、同講座への振り替えができませんのでご注意ください。それ以前にキャンセルのご連絡をいただいた場合に限り、同年度内の空席のある同講座への振り替えも可能です。
(2) ご入金後のご返金はいたしかねますのであらかじめご了承ください。
(3) ご欠席の場合、代理の方のご参加や、欠席されたご本人に限り、同年度内の他講座(同講座については下記参照)への振り替えが可能です。
(4) 開催日から数えて30日を切ってのキャンセルについては、同講座への振り替えができませんのでご注意ください。それ以前にキャンセルのご連絡をいただいた場合に限り、同年度内の空席のある同講座への振り替えも可能です。
その他
*おおむね8:00~9:00頃にバス発着所に集合、昼食をはさんで15:00頃帰路につく予定です。行程詳細は開催日の約一カ月前にご連絡いたします。
*車中でも、先生の詳しいご講義があります。
*訪れる寺社において特別に講師による奉納演奏や正式参拝をご許可いただくだく場合があります。その場合、志納料、初穂料として、事前にお支払いいただいてる旅行代金とは別途当日集合時に参加者から1000~1200円程度徴収させていただきますので、あらかじめご承知おきいただきますよう、お願いいたします。
*先生方を囲んでのお食事(3500円前後)は当方で手配します。
*車中でも、先生の詳しいご講義があります。
*訪れる寺社において特別に講師による奉納演奏や正式参拝をご許可いただくだく場合があります。その場合、志納料、初穂料として、事前にお支払いいただいてる旅行代金とは別途当日集合時に参加者から1000~1200円程度徴収させていただきますので、あらかじめご承知おきいただきますよう、お願いいたします。
*先生方を囲んでのお食事(3500円前後)は当方で手配します。
白鷹禄水苑 行程詳細に関するお問い合わせ
下記フォームまたはお電話にてお気軽にお問い合わせください。
0798-39-0235
- 受付時間
- 11:00 - 18:30(第1・3水曜日除く)